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横浜地方裁判所 昭和43年(借チ)37号 決定 1969年8月22日

第二二号事件申立人・第三七号事件相手方(借地人) 石川フク 外二名

第二二号事件相手方・第三七号事件申立人(地主) 小島伊佐夫

主文

借地人石川フク、同石川敏子及び同森茂子は地主小島伊佐夫に対して別紙目録記載の各建物(但し、(二)の建物は同目録記載の借地上に存在する一五平方メートルの部分のみ)及び借地権を代金壱千八百四拾万壱千円で売り渡すことを命ずる。

右地主は、自己の費用負担で、別紙目録記載(一)の建物中右借地上に存在する部分以外の部分を除去し、同目録記載(二)の建物中右借地上に存在する部分とその余の部分とを構造上区分し(基礎、柱、壁等をこの建物の区分に相応しいものとする等)これを区分所有権の対象たるに適する状態にしなければならない。

右借地人等は共同で右地主に対し、同人が前項の義務を履行し第一項の代金の支払をするのと引換に、右各建物及び建物部分の引渡並びにその所有権移転登記手続をすべく、右地主は右借地人等に対し、右各建物及び建物部分の引渡並びに所有権移転登記手続の履践と引換に、右代金の支払をすること。

理由

一  本件借地条件変更許可申立事件に伴う本件賃借権譲渡許可申立事件(以上第二二号事件)において土地賃貸人(地主)小島伊佐夫から別紙目録記載の本件各建物及び借地権の優先譲受の適法な申立がされ(第三七号事件)、本件審問に顕われた一切の資料を綜合してこの申立を排斥すべき事情が認められず(本件土地賃借権譲渡の許可を求める理由は借地人らがその先代亡石川稲蔵の死亡〔昭和四二年一二月一二日〕に因る相続に伴う相続税の納付及び菓子製造販売の家業経営関係の借財の弁済に充てるため先づ借地法第八条ノ二第一項に則り本件土地の借地条件を非堅固建物所有の目的から堅固建物所有の目的に変更の許可を得た上その借地権をマンシヨン建築業者秀和株式会社に譲渡するというもので、右各許可申立はいわゆる申立の客観的併合の関係にあるが、当裁判所は本件資料と鑑定委員会の意見とを綜合し検討した上本件借地については未だ同法条項に定める条件変更の相当性を認められないからこの申立は理由なきものとして棄却すべきであり、従つてこれを前提としこれと不可分一体の関係にある右賃借権譲渡の許可申立もその目的を失つて棄却さるべきものとの結論に達したが、しかしこのことは同法第九条ノ二第四項所定の同条第一項の申立(建物及び借地権譲渡許可申立)が不適法として却下された場合には該当しないから、なお地主の優先買受の申立は有効に存しこれにつき判断すべきである。)、却つて相当の対価を定めて右申立を認容することが具体的に妥当であると考えられるので、借地法第九条ノ二第三項に則り、この申立を認容する。

二  よつて、進んでその対価について案ずるに、

(一)  本件資料によれば、本件土地賃貸借成立の経緯及びその後の経過は次のとおりであることが認められる。

本件土地所有者小島伊佐夫は若年にして父に早逝され、伊佐夫の妻の実父飯山義一において事実上の後見人となり伊佐夫の財産等一切の面倒を見てやつていたが、他方飯山の妹が本件借地人らの先代(被相続人)石川稲蔵の病死した先妻であつたことから地主伊佐夫と借地人らは遠い親戚関係に当るものであるところ、東京に住居と店舗を構え菓子製造販売業を経営していた稲蔵は、戦時中の昭和一九年末頃から空襲のため東京市内に居住できなくなり、しかも当時多量の隠匿物資の砂糖を持つていたのでこれを所蔵するため義兄の飯山を介し遠戚の小島の承諾を得て本件土地に防空壕を堀りここに右物資を貯蔵すると共にその見張のため本件土地上に番人小屋を建てて番人を置き、その後終戦後の昭和二〇年末頃又は翌二一年に入つてから本件土地の北側に隣接する石井某所有の土地を飯山の母を介し飯山の世話で買取り、次いで、自己所有地の日照、景観、眺望を確保するため、飯山を介し小島から昭和二〇年五月一日頃自己所有の右土地の南側前面に隣接する松林のある本件土地を権利金等の授受もなく賃借し、この両土地に跨つて別紙目録記載(一)及び(二)の各建物(以下本件(一)の建物、本件(二)の建物という。)を建築所有してこれを居宅として使用し、なお同目録記載(三)の物置(以下本件(三)の建物という。)を建てたものであるが、かかる事情で当時の賃借人稲蔵は本件土地上の松の木を伐採するが如きことをむしろ自から嫌つて居り、地主小島も亦その意を汲んで立木存立の有姿のまま使用する約で右賃貸借(口頭契約)が成立したのであつた。しかして、終戦後の時の経過と共に事態が漸次落着くにつれて地主小島は親戚の間柄とはいえ将来のために右賃貸借関係を書面で明らかにしておく方がよいと考えわが国独立後の昭和二八年一〇月一一日稲蔵との間に始期を昭和二〇年五月一日に遡及し存続期間を同日以降二〇年、賃料一ケ月二、〇〇〇円等々の内容の本件土地賃貸借契約証書(私製証書、成立に争いのない甲第一一号証)を作成して権利関係を明らかにし(但し、本件土地の面積は五五〇坪となつているが、これは正確な測量によるものではなくして、飯山が足幅で測定した大体のものであつた。)、右存続期間の満了に伴い昭和四〇年五月一日当事者間で右契約更新の合意をし賃料月額一〇、一二〇円毎月末日限り翌月分支払の約、存続期間は同日以降二〇年等と定め(この際本件土地の面積を実測の上五〇六坪と確定した。)、同月二六日その旨の公正証書(応立に争いのない甲第一号証)を作成し、次いで借地人稲蔵から地主小島に対し同年六月六日一〇〇万円、同年八月三一日一〇〇万円、昭和四一年二月二八日一〇〇万円、合計三〇〇万円を更新料(権利金)として支払われ、かくて現在に至つているものである。

(二)  本件土地の現在の借地権価格は鑑定委員会の意見によれば三・三平方米(一坪、以下平方米を平方メートルと表示する。)当りの単価七万七、〇〇〇円であり第三者への借地権譲渡の場合その20%即ち三・三平方メートル当り一万五、四〇〇円を地価値上り利益分等として地主(賃貸人)に配分還元さるべきであるから右単価七万七、〇〇〇円から一万五、四〇〇円を差引いた六万一、六〇〇円、総額三、一一六万九、〇〇〇円(千位未満切捨)が現在地主が本件借地権優先買受の対価として賃借人らに支払うべきものとするを相当とすることになり、その限りでは当裁判所も右意見に同調するのであるが、しかし、当裁判所が借地非訟事件手続規則第三十条第三項に基ききいた鑑定委員会の意見に対する当事者の陳述及び同条第二項による鑑定委員会の説明に徴すれば右価額は本件土地を公園的又は庭園的、遊歩道路的、景色観賞的目的に使用する場合を没却して将来立木を切り払い宅地造成をし高級住宅地として使用する場合を想定しての評価(但し、宅地造成完了後の土地の評価ではなく、従つて造成費用は含まない。)であることが判るところ、(一)記載の一切の事情及び本件土地賃貸借の本来の目的並びに前記一に掲げた本件借地権の事情変更に因る条件変更を相当でないと判断したことに鑑みれば右鑑定委員会の意見そのものを対価とすることはできず、以上諸般の事情を考慮し本件資料(現場検証を含む。)を綜合して本件借地権価格はこれを単価三万八、〇〇〇円と算定すべく、結局右対価は借地権価格単価三万八、〇〇〇円からその20%即ち三・三平方メートル当り七、六〇〇円を差引いた三万〇、四〇〇円、総額一、五三八万二、〇〇〇円(千円未満切捨)を相当と判定する。しかして、既述の如く借地人らは地主に対し本件土地賃貸借更新後三回に亘り更新料(権利金)として合計三〇〇万円を支払つているのであるから鑑定委員会の意見の指摘するとおりその未経過分16/20に相当する二四〇万円を右に加算すべく、その合計一、七七八万二、〇〇〇円が本件借地権優先買受の対価となる。

(三)  次に、本件地上物件たる本件(一)ないし(三)の各建物の優先買受の対価については、鑑定委員会の意見及び一切の資料を綜合すれば、これら各建物はいずれも昭和二一年八月一〇日建築のものであつて建築後二〇年以上を経過しており、現今同類型建物売買の実情に照らし、本件(三)の建物(物置)は三・三平方メートル(一坪)の単価七、五〇〇円を相当とすべく全体で五万六、〇〇〇円(千円未満切捨)となり、又本件(一)及び(二)の各建物(居宅)は単価(三・三平方メートル)一万五、〇〇〇円を相当とするところ、右二棟の建物はいずれも本件借地とこれに隣接する借地人ら所有の横浜市港北区日吉本町宇東原一七一七番一に跨つて現存するものであつて、その本件借地上に存在する部分は本件(一)の建物にあつては八五平方メートル(残余の一四・〇九平方メートルが隣接地上にある。)、本件(二)の建物にあつては一五平方メートル(残余の六〇・二〇平方メートルが隣接地上にある。)であり、すなわち、前者はその大部分が本件借地上に在るが後者は一小部分が本件借地上に在るという実況である。

かかる場合、地上物件たる借地人ら所有の建物の優先買受(従つて、これに伴う借地権の優先買受)が許されるかどうか、又許されるとすればいかなる態容で許さるべきか、は説の岐れるところで一概に言うを得ないが、基本的には借地法第十条の建物等の買取請求権(従つて、同法第四条第二項の場合も同じで、ただこれらの場合は買取請求権者は借地非訟の場合と逆になるが当面する問題に対する考え方の基調は異らないものと思料する。)に関する「此買取ノ請求ヲ認メタル法意ハ他人ノ土地ノ上ニ在ル建物所有者ヲシテ其ノ地上ニ在ル建物ヲ除去セシムル場合ニ於テ其ノ損害ノ補償ヲ得シメンカ為ニ過キサルモノニシテ其ノ建物ノ一部タルト全部タルトノ収去ニ区別ナク荀且ニモ其ノ収去ノ為ニ生スル損害ノ存スルアレハ之カ其ノ土地所有者ヲシテ其ノ損失ノ存スル限度ニ於テ補償セシメントスルモノナリ従テ本件建物ノ如ク第三所有者ノ土地ニ跨リタル建物ト雖収去ヲ求ムル部分ニ対スル買取リヲ為シ得サル筈ナキモノナリ」との見解(大審院昭和九年四月二四日判決、民集一三巻五五一頁)を発展させた(この間に、建物の区分所有等に関する法律昭和三七・四・四法律六九号が昭和三八年四月一日から施行されている。)「所有者の異なる数筆の土地に跨つて存在する建物については、買取請求によつて建物の所有権は土地賃貸人に移転するのであるから、買取請求の対象となる建物は独立の所有権の客体となるに適するものであることを要し、それは必ずしも一棟の建物であることを要しないが、その一部であるときは、区分所有権の対象となるものでなければならず、したがつて、建物の取得者は、該建物のうち賃貸人所有地上の部分を区分所有権の客体たるに適する状態にした後初めて買取請求ができる。」との見解(最高裁昭和四二年九月二九日第二小法廷判決、民集二一巻七号、最判解説民事篇同年No84四七〇頁)に従いつつ、更に右訴訟事件と異なり合目的的な手続法上の形成的効果を目図とする本件の如き借地非訟事件における特質を加味して考えると、これら問題点について汎く一律的な結案を得ることはできず、(殊に、一般的に土地賃貸人の優先譲受を否定することは同人に酷となる惧が多分にある。)、結局個々具体的事案に則して衡平と妥当性を探究して柔軟に解決するほかないと解さるべく、今これを本件についてみるに、地主小島の優先買受の申立を否定すべきでないことは勿論、その買受については地主小島は本件(一)の建物の全部を買い取り借地人ら所有地上に存する部分はこれを自己の費用負担で除去しその切断部分の基礎、柱、壁等を修理、補強して使用すべく(借地人らの損失に対する全部補償、地主の危険負担)、又本件(二)の建物は本件借地上の部分のみを買い取り(借地人らの危険負担)、これを撤去するとしないとに拘らず、その余の隣接土地上に存する部分はこれを温存し、その区劃部分は同地主の費用負担でその基礎、柱、壁等を残存部分の使用にも支障なく体裁上も相当の意を用い誠意を以て補修してそれぞれ構造上独立のものとし区分所有権の客体たるに適した状態にすべきを妥当と考える。これらの場合、右二棟の建物の間取、型態、物理的構造及び経済的効用の諸点において一部奇形又は変則現象を生ずることがあるであろうが(本件(二)の建物の買受部分は、その面積、構造、形態上これのみでは居宅という本来の用途には役立たず、又これを母体として増改築しても却つて不経済になると思われるから、結局物置として使用するか又は除去さるべき運命にあるであろう。)これは補修、撤去、増改築の方法により是正する外なく又それが可能であるから、この点は当事者双方で受忍し夫々将来合理的に解決すべき残された問題たるに過ぎず、本件においてふれるべき筋合ではない。

以上の見地に立つて本件(一)及び(二)の各建物についての優先買受の対価を算定すれば、本件(一)の建物のそれは単価(三・三平方メートル)一万五、〇〇〇円、全体一〇九・〇九平方メートル四九万五、〇〇〇円、本件(二)の建物のそれは単価(三・三平方メートル)一万五、〇〇〇円、七五・二〇平方メートル中の一五平方メートル六万八、〇〇〇円(千円未満切捨)となり、これに既に算出した本件(三)の建物(物置)の対価五万六、〇〇〇円を加えて合計すると本件地上物件たる建物(本件(二)の建物はその一部)の優先買受の対価は六一万九、〇〇〇円となる。

(四)  されば、(二)及び(三)に示した価額の合計一、八四〇万一、〇〇〇円が本件各建物及び借地権優先譲受の代金である。

三  よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 若尾元)

(別紙)目録

一 借地権

横浜市港北区箕輪町字諏訪下参六六番壱

山林三、七九五・〇三平方メートル(参反八畝〇八歩)の内一、六七二・七二平方メートル(五〇六坪、別紙図面赤線で囲んだ部分(編注・太線で囲んだ部分))に対する昭和二八年一〇月一一日締結(既存契約確認の意味で始期は昭和二〇年五月一日に遡及、存続期間同日以降二〇年)、昭和四〇年五月一日合意更新の賃貸借(賃貸人地主小島伊佐夫、当時の賃借人亡石川稲蔵、現在のそれは同人の相続人石川フク及び石川敏子、森茂子、目的は木造建物所有、更新後の存続期間は右年月日以降二〇年、賃料現在月額一〇、一二〇円毎月末日限り翌月分支払の約)

一 建物

(一) 横浜市港北区箕輪町字諏訪下参六六番地

家屋番号四九番参

木造瓦葺平家建居宅一〇九・〇九平方米(参参坪)

(二) 横浜市港北区日吉本町字東原壱七壱七番地壱

同市同区箕輪町字諏訪下参六六番地壱

家屋番号壱七壱七番壱

木造瓦葺平家建居宅 七五・二〇平方米(弐弐坪七合五勺)

(三) 本件借地((一)記載)の西側に存在する

木造瓦葺平家建物置 二四・七九平方米(七坪五合)

図<省略>

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